5. 景気後退

あらゆる経済において最大の資産は土地であり、次いで建物、そして公共インフラである。だから人々が産業経済だと思い込んでいるものは、基本的に土地経済のままなのだ。

— マイケル・ハドソン

ミズーリ大学カンザスシティ校 経済学教授

1907年恐慌
1907年恐慌

なぜ土地のような基本的なものが、技術的に高度に発展した現代の世界においても依然として重要なのだろうか。結局のところ、先進国にはインターネット経済まで栄えており、そこでは富が仮想的に生み出されつつも、物質世界における具体的な利益をもたらしている。グーグルのような企業は、その取引のほとんどにおいて、大量の土地を使っているようにすら見えない。本当にそうだろうか。

なぜ土地が今日の経済においても依然として不可欠なのかを理解するためには、土地が人々や企業が社会的な富から利益を得るためのアクセス機構であることを思い出す必要がある。たとえばインターネット大手企業は、オフィス周辺の地域に住む高度な技能を持った従業員の労働力プールから利益を得ている。また、何十年にもわたって無数の人々や企業が築き上げてきた広大な技術インフラからも利益を得ており、それらすべてが土地に価値を付加している。これらの利益は立地によってアクセス可能であり、グーグルが世界で最も成功した企業の一つになることができたのは、これが大きな理由である。その成功は、それが存在する社会の文脈の中に位置づけられなければならない。もしグーグルが、高度に訓練された労働力と洗練された資本インフラを欠く発展途上国で創業されていたら、その成功はもっと起こりにくかったであろう。

メディア 5-1:ビル・モイヤーズのエッセイ:

不平等合衆国

カリフォルニアのシリコンバレーでは、フェイスブック、グーグル、アップルが百万長者を量産している一方で、その地域のホームレスたちは、その目と鼻の先のテント村で暮らしている。

http://unitism.co/theusofinequality

では、社会が景気後退や恐慌を経験するとき何が起こるのかを見てみよう。景気後退や恐慌においては、かつてより大きな需要があった製品に対する需要が低下したように見えるが、実際にはそうではない。以前に需要を刺激していたのと同じ人間の欲求は衰えることなく続いているが、今やそれを満たすことができなくなっている――だから技術的には、以前と同じ需要が依然として存在している。欠けているのは、その需要を満たす同じ手段なのだ。これが経済活動を収縮させ、この収縮が景気後退や恐慌につながりうる。

景気後退や恐慌においても、失業した労働者は、欲しいと願い続けるものを買えるようになるために、働く意欲を持ち続けている。そしてここに核心、すなわち経済学者たちが何世紀にもわたって格闘してきた大いなる謎がある。製品への需要が続いており、人々が働き生産しようとする意欲を持ち続けているのに、なぜ人々は、他の人々が買いたくても買えない財やサービスを生産できないのだろうか。

多くの経済学者は、社会が消費できなくなる根本原因として貨幣供給の収縮を指摘する。しかしこの結論は、馬の前に荷車を置くようなものである。なぜなら、貨幣は富の交換における媒体としてのみ機能するのだから、富の創造は常に貨幣の利用可能性に先立つはずだからである。言い換えれば、根本的に経済の収縮を生み出すのは貨幣の不足ではなく、むしろ富の生産の不足なのである。たとえば、小さな町にある唯一の工場が閉鎖されると、その町はしばしば経済不況を経験する。なぜなら、その地域社会はもはや以前と同じ富を生み出す能力を持たないからである。解雇された工場労働者とその家族はそのため支出を減らす。財への需要が貨幣不足と思われるもののために満たされないとき、私たちは実際には経済循環のどこかにおける富の生産の制限について語っているのであり、それが今度は最終的に貨幣供給の減少につながる(中央銀行の布告などによって別途インフレされない限り)。

経済学者は消費経済の必要性について多くを語る(あたかも消費だけが人生の目的であり、幸福と至福のすべてであるかのように)。しかし、人々が消費する余裕がなければ消費経済を持つことはできず、長期的に見て人々が消費する余裕を持てる唯一の方法は、彼らがその時点で消費するか、後の消費のための投資として繰り延べるための新たな富を創造することであることに気づいている経済学者はほとんどいない。簡単に言えば、機能する経済を持つための最良の方法は、富を生み出す経済を持つことに焦点を当てることである。しかし、富を必要としているにもかかわらずそれを創造できないとき、富の生産は人為的に制限されており、この人為的な制限こそが景気後退の根本原因なのである。

思い出してほしいが、富の生産には三つの要素が関わっている。自然、人間の労働、そして資本財である。景気後退を経験している社会には、余るほどの失業した労働力があるので、人間の労働力の不足が制約要因ではない。そして、富の生産が減少する根本原因は貨幣の不足(資本財へのアクセスの欠如につながる)であるとしばしば主張されるが、貨幣の不足はより深い根底にある機能不全の結果にすぎない。たとえば、最近の米国における経済不況を貨幣供給の増加によって治そうとする試みは、そのような増加が、すでに余るほど持っているように見える人々の手により多くの貨幣を回すこと以外には、必ずしも当面の問題を解決しないことを示している。

それでは、土地の高いコストが経済の最適な機能を制限しているのではないだろうか。土地のコスト――したがって立地のコスト――は、社会の文脈において人々が互いに交流し結びつく能力に直接影響を与えるため、土地の高価な価格は経済全体に波及する結果をもたらし、必然的に社会全体における富の生産の制限につながる。

1983年、英国の経済学者フレッド・ハリソンは、彼の画期的な著書The Power in the Landを出版した。その中で彼は1701年以降の英国の経済史を分析し、不動産価格が――根底にある地価の上昇に牽引されて――約18年ごとに好況と不況の循環を経る傾向があることを指摘した。20 彼は、これらの循環が今度は景気循環に影響を与えるのであって、その逆ではないことを発見した。2007年のMoneyWeek誌の記事の中で、ハリソンは、なぜ多くのいわゆる専門家が住宅市場の方向性を正確に予測できなかったのかという修辞的な問いを投げかけた。「なぜこれらの『専門家』はこれほど間違うのか。それは彼らが欠陥のあるモデルで作業しているからであり、そのモデルは不動産市場の健全性が経済の他の部分の状態に依存していると仮定している。実際には、私の研究は、不動産が景気循環を形作る鍵となる要因であって、その逆ではないことを示唆している。」21

ハリソンはThe Power in the Landの中で、時間の経過とともに地価がいかに高価になり、財やサービスの支払いに残される富がわずかになりすぎるかを説明している。土地があまりにも早く高価になりすぎる理由は、不動産投機が、地主に対して経済が現実的に維持できる以上に高い地価を要求することを可能にするからである。ある意味で、地主は今日明日の富の産出を要求する能力を持っている。なぜなら彼らは将来の利益を期待して、土地を使用や公共の享受から差し控える力を持っているからである。このプロセスは土地供給の人為的な収縮を生み出し、それが土地の価格を経済が維持できない速度で上昇させる。しかし、人々は基本的な生計について妥協できないため、土地は最終的に手の届かないものとなり、土地の価格は単にそうならざるを得ないから収縮する。同時に、企業は賃料や住宅ローンを支払った後はもはや利益を上げられなくなる。生産が停滞し、消費が落ち込む。不況が訪れる。やがて賃金が十分に回復すると、新たな循環が始まり、プロセス全体が最初からやり直される。地価は最終的に上昇し続け、ある点に達すると、あまりにも上昇しすぎて再び強制的に収縮し、別の不況へとつながり、以下同様に続く。

これらの大きな景気循環は平均して約18年ごとに起こり、通常その途中で単一の短い景気後退によって区切られる。ハリソンによれば、不動産循環は一般に14年間の上昇局面を経る。最初の7年は前の不況からの回復局面で、その後7年間の好況局面が続く。この好況局面には終盤の2年間の不動産価格の急上昇が含まれ、それに続いて必然的に約3年から5年続く厳しい価格調整が起こる。22 ハリソンの観察はあまりにも的確だったので、彼は記録に残る形で、1992年の大不況のタイミングを正確に予測しただけでなく、1997年には2008~2010年の世界的不況をも正確に予測した――不況が起こる11年前のことである23

2000年の不動産好況は、ゴードン・ブラウン〔当時の英国財務大臣で、後の2007年に英国首相となった〕にとって衝撃となるだろう。彼がもしミレニアムの最初の10年間に英国財務省を統括しているなら、彼は……税制を操作する術を知る抜け目のない事業者が土地から得る天文学的な不労所得によって政治的に打撃を受けるだろう。……その結果は予測可能である。2007年までに、英国とその他のほとんどの工業先進国は、1988/89年に起きたのと同等の、土地市場における熱狂的な活動の真っただ中にあるだろう。地価は18年周期のピーク近くにあり、指数関数的な成長率に牽引され、2010年の世界的不況の前兆となる崩壊の瀬戸際にあるだろう。この二つの出来事は偶然の一致ではない。地価のピークは迫り来る景気後退を示すだけでなく、その主たる原因となるのである。

図 5-2:地価と経済不況

モリス・A・デイヴィス、ジョナサン・ヒースコート「The Price and Quantity of Residential Land in the United States」、Journal of Monetary Economics 54巻、8号(2007年):2595–620。

フレッド・E・フォルドヴァリもまた、1997年に2008~2010年の不況についてのタイムリーな予測を同様に発表した著名な経済学者である。「米国における18年周期と他国における類似の周期は、〔この〕循環理論に予測力を与える。1990年の景気後退から18年後の次の大不況は、世界大戦のような大きな中断がなければ、2008年頃になるだろう。」24 彼はさらに、土地投機がどのように経済不況を引き起こすかをより詳細に説明している。

好況が進行しているとき、予想される賃料の上昇が、投機家に現在の使用のためではなく価格上昇のために土地を買わせ、それが現在の地価を現在の使用が正当化する水準を超えて上昇させる。いったん広範な投機が始まると、地価は、企業が賃料や住宅ローンを支払った後に利益を上げられる点を超えて押し上げられる。投資の増加率が鈍化し、その鈍化が経済を通じて波及するにつれて、やがて総需要が減少し、失業を増やし、不況をもたらす。こうして、最初の原因、すなわち土地コストの上昇の後に、需要の低下が続くのである。

表 5-3:地価のピーク、建設のピーク、そして経済不況

地価のピーク間隔(年)建設のピーク間隔(年)経済不況間隔(年)
18181819
1836181836183718
185418185620185720
187218187115187316
189018189221189320
190717190917191825
192518192516192911
第二次世界大戦
第一次石油危機
197319721973
第二次石油危機
197916197814198017
198919861990
200617200620200818
平均:17.5015.3818.13

科学の重要な特徴の一つは予測可能性である。正確な予測ができないなら、私たちが用いているモデルは欠陥がある。一方で、予測可能なパターンに基づいて結果について一般的な見当をつけられるなら、私たちの経済モデルはより詳しく検討する価値がある。科学的経験と直観的洞察の両方から引き出す預言者のように、フォルドヴァリは2012年3月に発表した「2026年の不況」という記事の中で別の警告を発した。

もし〔米国経済の外部からの〕衝撃が循環を中断しなければ、200年間変わっていない米国経済の深い財政的・金融的構造が、過去にそうしてきたのと同じように次の好況と不況を生み出すだろう。しかし2026年の崩壊は2008年のそれよりもはるかにひどいものになるだろう。なぜなら、米国政府が年間1兆ドルの赤字を続けるにつれて、2024年までに米国の債務はあまりにも大きくなり、米国債はもはや安全とみなされなくなり、金融危機において米国はもはや金融機関を救済するために必要な資金を借りることができなくなるからである。アメリカ人にはまだ次の大好況と大不況を防ぐ時間があるが、彼らはほとんどすべての経済学者と同様に、文化的に現状に縛られている。だから1990年代と2000年代にそうであったように、警告は無視されるだろう。私たちは今や遥か上流にいるが、2024~2026年の不動産と金融の滝へと、引き返せない川を下っているのである。

それは起こるだろうか。強い傾向が私たちをこの方向へ動かしているように見える。残念ながら、今日の多くの政治家たち――そして高額な住宅ローンに縛られた住宅所有者たち――は、経済を景気後退から救うために不動産がより高価になることを望んでいる。ほとんどの人々がまだ気づいていないのは、土地の価値は共有されるのが最善であるということ、そして私たちが土地から利益を得るときはいつでも、社会から利益を得ているということである。もちろん、先住民族はこの古代の永遠の知恵を長く知っていたが、私たちはそれを忘れてしまった。たとえば、カナダのアルバータ州南部にあるシクシカ・ファースト・ネーションのクロウフット酋長は、私たちにこう思い起こさせる。「太陽が輝き、水が流れる限り、この土地は人間と動物に命を与えるためにここにあり続ける。私たちは人間と動物の命を売ることはできない。土地は偉大なる精霊によってここに置かれたのであり、それは私たちのものではないので、私たちはそれを売ることができない。」 近代に生きる私たちはこの単純な真理を忘れてしまった。私たちの経済全体が、自然は所有物であるというこの一つの前提の上に築かれている。次の景気循環は気づかないうちに展開し、次の大不況と、私たちが土地から利益を得続けることが私たちの生活に与える計り知れない個人的影響に対処しなければならなくなるまで、そう長くはかからないだろう。